喫煙を続ける喫煙者が、従来の紙巻たばこから、より害が低減されている代替品に移行することを促し、公衆衛生に貢献しようというのが「たばこハーム・リダクション」の考え方です。しかし、代替品への移行の鍵となるニコチン自体が問題だという考え方は根強くあります。
今回、世界的に有名な「ファーガストローム式たばこ依存度テスト」の開発者であり、長年禁煙支援に取り組んできたカール・ファーガストローム先生と、病態生理学分野の研究者であり、ニコチンに関して造詣が深い野田百美先生を招き、その見解を伺いました。
お二方による講演の内容は個人的な見解であり、フィリップモリスジャパン合同会社の見解を代表するものではございません。
セミナー概要
- <主催>
- フィリップ モリス ジャパン合同会社
- <開催日時>
- 2023年4月4日(火)18:00-19:00(オンライン開催)
- <座 長>
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東京慈恵会医科大学精神医学講座 講師(非常勤)
帝京大学文学部心理学科 研究員
元 帝京大学文学部心理学科 教授・学科長
高田 孝二 先生 - <講演1>
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「ニコチンの薬理学的作用について」
西安交通大学生命科学技術部 客員教授
元九州大学大学院薬学研究院病態生理学分野 独立准教授 野田 百美 先生 - <特別講演>
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「ニコチン ‒ その安全性、依存性、そしてハーム・リダクション」
Fagerström Consulting代表
Karl Fagerström Ph.D.(カール・ファーガストローム先生)
<講演1>「ニコチンの薬理学的作用について」
西安交通大学生命科学技術部 客員教授
元九州大学大学院薬学研究院病態生理学分野 独立准教授
野田 百美 先生
利益相反(COI)
発表者は利益相反がないことを宣言します。本研究はたばこ会社からの資金提供を受けていません。
ニコチンは両刃の剣
ニコチンは自然由来の他の薬物同様、濃度によって毒にも薬にもなる薬物で、ネガティブな作用とポジティブな作用の両面を持ち合わせています。
ネガティブな作用
- 依存性、中毒症状を起こす。(ニコチン依存によって、喫煙者は自らの意思で禁煙することが難しい状態となる)
- 血管収縮によって、循環器系疾患(心疾患や脳梗塞など)のリスクを高める。
- 血糖値を上昇させ、インスリンによる血糖値コントロールを困難にするなど、糖尿病のリスクを上昇させる。
ポジティブな作用
- 食欲抑制 (肥満者にとってはポジティブな作用)
- 認知機能亢進、注意力向上
- 抗炎症作用
このように、ニコチンは「両刃の剣」ともいえますが、今回はポジティブな作用に注目してご紹介します。
中枢神経系に対する効果
ニコチンに関しては、さまざまな脳機能亢進作用が報告されています。例えば、注意力の持続、空間学習、記憶の向上などです。
私が特に注目しているのは、喫煙者に神経変性疾患(パーキンソン病やアルツハイマー病など)が少ないという臨床報告です。喫煙者ではドパミン代謝を担う酵素MAO-B(モノアミンオキシデースB)が低くなり、ドパミンが代謝されずに残るため、ドパミン欠乏によって起こるパーキンソン病を防ぐことにつながるのです。アルツハイマー型認知症に関しては相反する報告もあるため、「喫煙者は認知症になりにくい」と結論づけるのはまだ早いですが、ニコチンの興味深い効果だと思います。
ニコチンの抗炎症作用
中枢神経系で主に免疫を司っているのはミクログリアというグリア細胞で、免疫反応をはじめ、情報伝達にも大事な役割を果たしています。このミクログリアは、脳に障害が起こったり、炎症を起こしたり、虚血状態になると、異変を感じて炎症性サイトカインや活性酸素種を出します。それによって神経障害、神経変性疾患、痛みやストレスを引き起こす原因となります。ミクログリアには、α7nAChRというタイプのニコチン性アセチルコリン受容体が特異的に発現しており、ミクログリアの炎症反応を抑えるのに重要な役割を果たしていることが分かってきています1)。例えば細菌感染によってミクログリアが活性化された場合、ニコチンはその活性化を抑制します2)3) (図1)。このメカニズムとして、ニコチンはα7ニコチン性アセチルコリン受容体に作用し、サイトカインの生成を抑制、NADPH オキシダーゼ (NOX)を抑制することでプロトンや活性酸素種の産生を抑制し、結果としてプロトンチャネルの活性化を抑制して抗炎症に働くのではないかと考えられます。実際に喫煙時のニコチンの最高血中濃度は、実験で使用した濃度の1/3程度ですが、プロトンチャネルに対する作用でみた場合の濃度依存性曲線からすると、同等の作用が期待できるのではないかと考えています3) (図2)。
たばこハーム・リダクションにおいてニコチンをどう考えるべきか
喫煙の害は、「たばこ葉を燃焼させることによって生じる煙の作用」と「ニコチンの作用」との2つに分けられます。紙巻たばこの煙には発がん物質を含むさまざまな化学物質が含まれていて、直接的あるいはニコチンの代謝物との反応によって発がん作用を示します。また、発がん作用以外にも、肌のエイジングやシワ・シミの原因にもなります。そのため、まずは紙巻たばこ喫煙によって生じる煙をなくすこと、煙の出ないたばこ製品への切替えが、まずハーム・リダクションの第一歩になるでしょう。その次に、ニコチンの持つネガティブな作用(依存性、血管収縮による循環器系の疾患リスク、糖尿病のリスク等)をいかに減らしていけるかがターゲットになってくると思います。
ニコチンの持つポジティブな作用の可能性
さらには、将来的な展望として、ニコチンのポジティブな作用を活用し、脳のα7ニコチン性アセチルコリン受容体にのみ作用する選択的ニコチン受容体モデュレーターが開発できれば、脳保護剤、脳内炎症が原因で起こるさまざまな神経疾患の予防薬となる可能性があります。
喫煙は健康にとって有害ではありますが、ニコチンの抗炎症作用について限れば、画期的な創薬の可能性も秘めているといえるでしょう。
<特別講演>「ニコチン ‒ その安全性、依存性、そしてハーム・リダクション」
Fagerström Consulting代表
Karl Fagerström Ph.D.(カール・ファーガストローム先生)
利益相反(COI)
禁煙のための医薬品や行動療法を開発・販売する複数の企業から、コンサルティング料を受け取っています。2000年に創業したニコノバム社で世界初のたばこを使用しないニコチンパウチを開発し、その製品はニコチン代替療法として認可されました。現在、スウェディッシュ・マッチ社からコンサルティング料を受け取っており、複数のたばこ会社のリスク低減型たばこ製品の開発に協力した際にコンサルティング料を受け取ったことがあります。
ニコチンの安全性に関する疫学データ
スウェーデンのたばこ製品の販売数量を見た場合、1970年代までは紙巻たばこの販売数が多かったものの、紙巻たばこが有害であるということが報告されてからは、紙巻たばこの販売量は減り、スヌース※の販売量が増えていきました。紙巻たばこ喫煙者がスヌースへと移行しているのです。この移行によって、スウェーデンの男性喫煙率およびたばこ起因の死亡率は、EUの中で最も低い状況です(図3)。
※スヌースとは、加工したたばこ葉を入れた「ポーション」と呼ばれる小袋を口に含み上唇の裏にはさんで使用する無煙たばこの一種。スウェーデンのスヌースはFDA(米国食品医薬品局)が紙巻たばこに比べて有害性が低いと認定して販売を許可した最初の紙巻たばこ代替製品。
ニコチンの依存性
人間の脳内には、ニコチン性アセチルコリン受容体が存在しています。ニコチンの摂取を続けると、脳はニコチンに適応していき、ダウンレギュレーションしていきます4)5)。そして次第に身体的な依存へと繋がっていきます。
薬物依存に関しては、WHOから出ている一般的な診断基準がありますが、私はよりたばこに特化した「紙巻たばこ依存度テスト」を開発し提供しています。このテストの中で特に、1番と4番は紙巻たばこの依存度を知る上で関連性の高い項目だといえます(図4)。
紙巻たばこの喫煙とニコチンパッチの使用になぜここまで違いがあるのか?
紙巻たばこ喫煙をやめるのはその依存性から非常に難しいものですが、ニコチンパッチの依存性についてはこれまで報告はありません。なぜ同じニコチン含有製品であるにもかかわらずここまで違いがあるのでしょうか。この重要な違いとしては、「ニコチンの到達性」が挙げられます。紙巻たばこの場合、ニコチンの到達スピードは非常に早いですが、ニコチンパッチの場合は遅く、血中濃度の上昇には時間がかかります。
紙巻たばこ依存には、そのほかにも、「喫煙行動そのものがリラックスにつながる」「喫煙が緊張や不安の軽減につながる」など、喫煙者の行動や感覚なども影響し依存性を高めていると考えられます。
ニコチン含有製品とコーヒーの依存性比較
ニコチン含有製品とコーヒーでその依存性について比較をしてみると、ニコチン依存者よりコーヒー依存者の方が多いという結果でした6)。ただ、コーヒー依存はそれほど害がないため問題ないと考えられています。
なぜ、コーヒー依存は問題視されないのに、ニコチン依存となると見方が変わるのでしょうか。これは、ニコチンが紙巻たばこの燃焼によって摂取されることが多く、その悪影響がよく知られているからです。そのため、ニコチンは紙巻たばこ喫煙による有害性のごく一部しか有しないにもかかわらず、その依存は大きな問題だと捉えられてしまうのです。
ハーム・リダクション
ニコチンには高い依存性があるものの、紙巻たばこ依存に効果的に対処するためには、ニコチンを求める喫煙者が、より有害性が低減された代替品からニコチンを摂取できるようにする必要があります。たばこ製品が使用される主な理由はニコチンにありますが、ニコチン自体や燃焼を伴わないたばこ製品は、たばこ関連疾患の主な原因ではありません。健康への悪影響の多くは、紙巻たばこ燃焼時に起因しているということを理解する必要があります。
代替品を導入した国々の状況
有害性が低減された代替品を導入し始めた国々の状況を見ても、燃焼を伴う紙巻たばこから燃焼を伴わない代替品に置き換えることで、喫煙率が低下しています。そして、代替品の利用率が比較的高い国の方が、利用率の低い国と比較して喫煙率が低いことも分かっています7)。このことから、従来のたばこ対策や規制よりも、燃焼を伴わない代替品を迅速に導入することによって、喫煙率をより早く下げることができる可能性があると考えられます。
実際に、日本においても、加熱式たばこの導入によって紙巻たばこの売り上げは急速に減少しています。紙巻たばこと加熱式たばこの使用状況を見ても、加熱式たばこの導入以降、紙巻たばこ喫煙率は急速に減少しており、喫煙者の間で加熱式たばこへの切替えが進んでいることが見てとれます(図5)。
広い視野でニコチンを見直すべき
ニコチンは新たな考えのもと導入されていくことが重要です。たばこは、ハーム・リダクションの考え方を生かせる理想的な分野なのです。
Q&A(一部ご紹介)
Q.(野田先生への質問):ニコチンの抗炎症作用について、たばこ製品で取り込んだ際の濃度や量と同じレベルで議論できるものなのでしょうか?
A.ニコチンが実際に脳の中にどれだけ入り受容体に作用するかまでは分かっていません。ただ、血中濃度よりかなり低くなるのは確かです。そのため、実験と同等の効果までは期待できないかもしれませんが、濃度依存曲線からみると、最高血中濃度より低い濃度(約100 nM)で50%の効果があるので、ある程度の効果が期待できるのではないかと考えています。
Q.(ファーガストローム先生への質問):加熱式たばこは紙巻たばこと併用されることが多く、紙巻たばこをやめるには効果的ではないとの研究報告があります。ハーム・リダクションの実現には、まずNRT(ニコチン代替療法)やスヌースなどが考えられるべきで、加熱式たばこを使用すべきではないのではないでしょうか。
A.加熱式たばこなど、紙巻たばこの代替製品もNRT製品、つまりハーム・リダクション製品であると考えられています。何よりも重要なのは、紙巻たばこを減らしていくということです。もちろん、加熱式たばこにも問題はあります。他の製品と組み合わせて使ってしまえば、たばこ製品の全体量は減っていきませんので。しかし、紙巻たばこから完全に切替えることができれば、有害性は低くなり有効だと考えられます。
代替品への切替えは一朝一夕でうまくいくものではありません。時間がかかるものだと思っておいた方が良いでしょう。
- 参考文献
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- R D Shytle, et al. J Neurochem. 2004 Apr; 89(2): 337-43.
- M Noda. Advances in Neuroimmune Biology. 2016 Nov; 6(2): 107-115.
- M Noda, et al. J Physiol Sci. 2017 Jan;67(1):235-245.
- A S Kimes, et al. FASEB J. 2003 Jul;17(10):1331-3.
- K P Cosgrove, et al. Arch Gen Psychiatry. 2009;66(6):666-76.
- Karl Fagerstrom. Int J Environ Res Public Health. 2018 Jul 30;15(8):1609.
- Karl Fagerstrom. Harm Reduct J. 2022 Dec 1;19(1):131.